シフトテクノロジーは創業10周年を記念するイベントを2024年10月2日に丸の内コンファレンススクエアエムプラスで開催しました。テーマは「保険業界向け生成AIの最新事例ならびに今後の展望」です。
生成AIに関心が高い保険業界の方々をお招きし、弊社の代表やデータサイエンティスト、さらにはマッキンゼー・アンド・カンパニーのパートナーなどもお招きし講演を行うと共に、講演終了後には参加者との懇親会も実施しました。
会場は満席で、懇親会でも活発な交流が見られました。本記事では講演会の内容を紹介します。
24カ国110社以上の保険会社が導入。シフトテクノロジー10年の歩みと実績
最初に登壇したのは、Shift Technology Japan株式会社でカントリーマネジングディレクターを務める藤井達司です。シフトテクノロジーのこれまでの歩みならびに実績、今後の展望などについて語りました。
シフトテクノロジーは、保険金の不正請求との業界課題をテクノロジーの力で解決したいとの想いから、フランスで2014年に設立しました。以降10年にわたり、保険業界に強いデータサイエンティスト200名以上を有するなど、保険業界に特化しています。
生成AIも含めた先進テクノロジーの研究開発業務に積極投資しており、2021年以降の投資額は200億円以上に上ります。
現在では、保険金請求業務の自動化、引受業務(アンダーライティング)のリスク検知、各種業務ならびに企業の不正検知、マネーロンダリングなどの犯罪検知など。保険会社の意思決定を支援する、多くの企業が利用するプラットフォームに成長しています。
ヨーロッパの損保・生命保険会社を中心に、北米ならびに日本も含めたアジアの損保・生保会社あわせて、24カ国110社以上の顧客をサポートしています。藤井は今後の展望を次のように述べ、ファーストセッションを締めました。
「日本のお客さまからは、内部不正のモニタリングや各種管理など、ガバナンスに関するお問い合わせを多くいただいております。そのような日本企業独自の課題解決を、これまで培ったグローバルの知見を活かしながら、支援していきたいと考えています」(藤井)
EUでNo.1、フランスのスタートアップエコシステム
続いては、経済産業省イノベーション創出新規事業推進課に所属する他、在日フランス大使館経済部へ出向など、多方面で活躍しているピエール・ブジェル氏が登壇。フランスのスタートアップエコシステムについて紹介しました。
フランスでは、ここ25年間でスタートアップ企業約2万5000社が誕生しており、うち33社がユニコーン企業に成長しました。創出される雇用数も2025年までに、100万人以上に上ると予測されています。
その約半数、47%のスタートアップはパリ周辺を拠点としていますが、その他医療や製造業に特化したスタートアップが集結する地域もあるそうです。インキュベーターの数も400社ほど、アクセラレーターは200社ほどで「EUにおけるフランスのスタートアップの環境は一番です」と、ピエール氏は述べました。
スタートアップへの投資額もここ10年で増え続けており、特に2021年、2022年は激増しました。フランスのスタートアップエコシステムもこの両年に盛り上がりを見せ、12社のユニコーン企業が誕生。「シフトテクノロジーもその一社です」と、ピエール氏は言います。
政府主導のスタートアップ支援プロジェクト、「ラ・フレンチテック」についても紹介しました。同制度にはさまざまな支援制度があり、たとえば起業家が集まり協力し合うようなコミュニティをつなぐことで、開発を促進します。具体的にはフランス国内45、国外67のフレンチテックコミュニティをつないでいます。
その他、資金調達が容易になったり、フランスの大企業や政府機関がスタートアップのソリューションや製品の購入の約束制度などもあるそうです。
ラ・フレンチテックのコミュニティは日本にもあり、フランス人の起業家が日本でビジネスを展開したい。逆に、日本人起業家がフランスで市場開発したい場合などに、ビザ発行などのサポートをしています。
実際、東京都が主催したアジア最大規模のイノベーションカンファレンス「SusHi Tech Tokyo 2024 」などのスタートアップイベントにも、フランスのスタートアップが参加していることを述べ、ピエール氏はセッションを終えました。
生成AIと従来型AIを正しく組み合わせることで、大きなインパクトを生む
続いては、マッキンゼー・アンド・カンパニーから2人が登壇しました。まずは、同社金融グループの代表であり、コンサルティング業務においても日々国内外の保険会社の経営者と議論を重ねている、竹村和昭氏です。
竹村氏はまずは、生成AIに関する動向について言及しました。2022年末に登場すると、瞬く間に広がっていったChatGPT。ただ日本においては2023年では「生成AIって何?」「どんなことができるの?」など、手探り状態であったと竹村氏は言います。
ところが2024年になると一転します。どの領域で活用すればよいのか、インパクトや成果を生み出すには、どのような使い方をすればよいのか、どのようなパートナーと組めばよいのか、など。「より成果につながる取り組みに移行しました」と、続けました。
実際、同社では生成AIが保険業界に生み出すインパクトは8兆~10兆円に上ると予想しており「この数字は夢物語ではなく、現実的な技術やPOC(Proof of Concept)を元に算出したものです」と、竹村氏は述べました。
生成AIへの取り組みは、企業が毎年出すアニュアルレポートを見ても明らかだと竹村氏は言います。実際、大手保険会社が同レポートで生成AIに触れた回数を集計したデータも紹介しました。
もうひとつ、大きな発見があることも紹介しました。従来型AIへの言及も増えている点です。「生成AIと従来型AIを正しく組み合わせることで、大きなインパクトを生み出すことを各社が気づいている証です」と竹村氏は述べると共に、「生成AIやAIの活用で先行しているほぼすべての企業に、共通している特徴でもあります」と、続けました。
竹村氏は営業販売業務での具体例も紹介しました。顧客のデータを分析し、効果的な営業手法を導き出すことは、従来型のAIでもできました。しかし、担当者によっては扱う製品の知識が乏しかったり、自分の得意な商品を積極的に営業するなどの壁があり、「広く使ってもらうには工夫が必要でした。そこに、生成AIを載せるのです」と竹村氏は言います。生成AIが作成した文言を担当者に教えるといった、具体的な活用事例も紹介しました。
両AIを組み合わせることは、従来型のAIは専門の知識を持つ人しか扱えない。一方、生成AIはハルシネーションを起こすといった、お互いの短所を補完する役割も担うと竹村氏。「AIの民主化と言えるでしょう」と、AI・生成AIの現状を改めて述べ、福元氏にバトンを渡しました。
AI・生成AIを活用した保険金支払い業務の未来――経営から現場まで一気通貫全方位的な取り組みが重要
続いては、保険会社においてどのような生成AI活用の余地があるのか、生成AI業務の日本支社リーダーとして日々取り組んでいる、福元允亮氏が登壇しました。
冒頭で弊社の藤井が述べたように、保険会社業務の入口から出口まで、幅広い領域で活用の余地はありますが、中でも携わる人の多さ、費用の大きさ、相性の良さから考えると、「コスト削減も含めて、保険金支払い業務が最もインパクトが大きいと言えるでしょう。実際、海外の保険会社も含めて、そのような考えでいます」と、福元氏は述べました。
そして、保険金支払い業務におけるAI・生成AIを活用した未来像は、大きく3つ描いている、と続けました。「予防の強化」「AI中心の業務」「損害調査の正確性向上」です。その中から前者2つについて、詳しく紹介しました。
「予防の強化」では、損害保険会社での具体例を挙げました。洪水により資産が損害を受けそうな顧客に、天候データを分析し土のうを用意するなどの対策通知は、従来型のAIで行われていました。また、「テレビからの情報と変わらない内容です」と、福元氏は言います。
一方、これからは竹村氏が話した内容になりますが、生成AIを組み合わせることで、顧客の個人情報などを取得。住まいなどを特定することで、具体的にどこに土のうを取りに行けばよいのか。電話番号なども併せてメッセージすることができるようになる、と言います。
「AI中心の業務」では、これまでは人がAIを利用するとの発想でしたが、「近い将来にはAIエージェントが中心となり業務を行い。その中で人にしかできない仕事を、AIが人に依頼するでしょう」。福元氏はこのような未来像を述べました。
そしてどちらの未来像においても、すでに同社のエンジニアが保険会社の担当者とPoCを行っているそうです。たとえば、電話対応を生成AIが行うような取り組みであり、先述のようなメッセージではなく、その場の電話のやり取りの最中に生成AIが顧客の情報をデータベースから取得。水害で困っているであろう状況をAIオペレータが把握し対応する。生成AIでは対応が難しい内容の場合は先述したとおり、人のオペレータにつなぐ。このような取り組みが、近い未来にできる状態にまであると述べました。
一方で、紹介したようなAI・生成AIの導入はシーンやケースといった局所的な取り組みではなく、経営陣から現場まで一気通貫で、思考から実際の業務までを変える必要がある。具体的にはデータまわりの整備、業務方法、人材教育、パートナー企業やテクノロジーの選定などであり、福元氏は次のように述べセッションを締めました。
「先行している企業の経営者はすでにお話したような、AI・生成Aに関する全方位的な戦略を練り出しています」(福元氏)
生成AIと保険業務の未来――生成AIが出した決定を人が判定するように
続いてはシフトテクノロジーの共同創業者であり、CEOでもあるジェレミー・ジャウィッシュが登壇しました。
「今では500名を超えるチームとなり、多くのパートナーシップも生まれています。改めて感謝いたします」とジェレミーは冒頭で感謝の意を表明した後、保険業界でAIがどのように進化してきたのか、その結果、保険業界は将来どのようになるのか。予測も含めた見解を述べました。
まずは、テクノロジーの進化についてです。GPTのモデルは当初汎用的でしたが、多くの保険会社に採用されたり、ChatGPTのようなグローバルモデルが出るなど、個別焦点型のモデルになりつつあると、ジェレミーは言います。
AI技術全般に関しては、責任判定などピンポイントのソリューションとして使われるだけでなく、エンドツーエンドでプロセス全体をサポートしていくものに。「点と点をつなぐ技術ではなく、面で一気通貫のプロセスをサポートするものに変わってきました」と、ジェレミーは述べました。
プロセスにおいては、これまでは各種保険業務を自動化するためにAIは活用されてきましたが、生成AIを活用することで、より複雑な作業をシンプルすることが可能に。「生成AIが出した決定を検証したり判定する。人の役割はそのように変わるかもしれません」と述べました。
ジェレミーは実際のユースケースにおける生成AIのパフォーマンスも紹介。「生成AIの方が精度が高く、人が行う手作業の方がエラー率が高い」と話すと共に、このような背景から最近はヨーロッパを中心に、包括的な自動化ならびにエコシステムの実現を目指す傾向にあり、「日本市場でも本番環境でAIを使われているお客さまがいらっしゃいます」と、続けました。
透明性を掲げるシフトテクノロジーでは、このようなAI・生成AIの現状や研究開発の状況、テスト結果などを定期的なレポートとして発表しており、日本語版ももちろん用意。ジェレミーは次のように述べ、セッションを締めました。
「レポートは単に自動化率といった数字を示すだけではなく、実践に導入の参考にもなるよう、ソリューションの価格なども記載しています。どのモデルをどのような機能で使ったらよいか。各ポイントでの比較なども紹介していますので、生成AIの導入を検討している企業の一助になると思います」(ジェレミー)
生成AIの現在地はインターネットやスマートフォンの黎明期と同様。積極的な投資を
最後の登壇者は、Shift Technology Japanのチーフデータサイエンティストであるブルノ・ラコです。まずは、生成AIの実力について具体的な数字を示しました。ChatGPT-3は3000億の単語を学習しており、成人の平均的な語彙数2万5000語の1200万倍になります。
またChatGPT-3は前のバージョンと比べ、調整するパラメータ数が1750億個と、100倍以上に成長しており、「進化のスピードがいかに速いか。しかし進化は始まったばかりでもあります」と、ブルノは述べました。
そしてこのような状況は、今では当たり前となったインターネットやスマートフォンの黎明期と似ているとブルノは話すと共に「シフトテクノロジーはこの機を逃さないよう、積極的な投資を行ってきました。私たちと一緒に、このチャンスを活かしましょう」と、参加者にメッセージを送りました。
先の登壇者が述べたように、海外ではすでにシフトテクノロジーが開発した生成AIは実装されていますが、ブルノは日本におけるユースケースも紹介しました。ドキュメントに書かれたテキストを生成AIが読み取り、構造化データとする事例です。
技術的なフローとしては、まずはドキュメントをOCRによりテキスト化。そこからIDO(Intelligent document processing)という技術を使うことで、構造化データとしていきます。このような生成AIを活用した技法は「AI OCR」とも呼ばれ、従来のAIとは異なり「教師データを必要とすることなく、さまざまな様式のドキュメントをデータ化することができます」と、ブルノは利点を述べました。
そして再び次のようなメッセージを参加者に投げかけ、セッションを締めくくりました。「既存のビジネスに革命をもたらすことになるであろう生成AIは、エキサイティングな旅であるとも言えます。ぜひとも活用しましょう」(ブルノ)
講演資料等はこちらからダウンロードいただけます。